アフリカとの出会い46

   ナイロビのOL事情
   

  アフリカンコネクション 竹田悦子
 
  ケニアの首都ナイロビの人口は150万とも300万とも言われているが、実際の人口は分からない。ナイロビは、ケニア国内の各地から仕事を求めてくるケニア最大の都市であると同時に、サブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南のアフリカ諸国)の国々からも出稼ぎにやってくる国際都市である。また国連機関や各国の報道機関や大使館などのアフリカでの拠点となっており、外国人が大変多い。そんなアフリカ人憧れの都市ナイロビで働くワーキングウーマン達との出会いがあった。

 当時、関わっていた仕事で、報告書を印刷することになった。ナイロビ大学の教授が書いた論文に写真やイラスト、地図を加工したものを添付して300ページほどの枚数になるものを現地で印刷して日本に送るという仕事だ。教授が持ってきたタイプや手書きの原稿を見ると、あちこちに加筆・修正・削除のあとがある。日本でなら、そのままこの原稿を印刷所に持ちこんでも何度かやり取りする内に完璧なものになってそれを確認すればあとは印刷所に任せて報告書が出来あがるのを待つのみだろう。しかし、ここはナイロビだ。すこしは苦労するかもしれないけど、なんとか期日に間に合わせられるだろうと思っていた。

 素原稿をタイプ打ちしてもらう為にナイロビの目抜き通りにあるとある印刷所を尋ねた。ナイロビを歩いていると、看板によく「PRINT」「COPY」という文字が書かれているが、ここは、手書きの原稿をタイプしてくれたり、コピーしてくれたりするところだ。コンビニもなくパソコンも行き渡っていないケニアでは、基本的に町の印刷屋さんにお願いする。一枚いくら、という単位で応じてくれる。

 ドアを開けると、女性が5人ほどがパソコンで預かった原稿を打ち込んでいた。仕事を依頼すると、ビックリした表情で「そんな大量の原稿、パソコンに入力したことはありません。写真やイラストも添付したことはありません。どうすればよいか教えてもらえますか?」と訊いてきた。同行のナイロビ大学教授は答えた。「じゃあ、みんなで一緒に原稿を打とう」。

 私は、「えー」と内心思っていたが、裏を返せばナイロビの女性たちと働くチャンスだと思って、次の日から一緒にパソコンでの打ち込みに協力する為に、この印刷屋さんに通うことになった。原稿を人数分に分けて、ひたすらパソコンに打ち込んでいく。ワードやエクセルを使いながら、打ち込むのだが、まっすぐにベタ打ちの機能しか使ったことのない彼女たち。改行キーや、タブ機能、イラストや写真の挿入、訂正キー、削除キーを使うこともなくキーを打つ。超スローぺースなのに、きちんとお茶の時間や退社時間は守る。気が付けば、みんなでおしゃべりは当たり前。「日本はどう?」「どんなファッションが流行?」と、依頼主の私にも沢山の質問があり、手よりも口が忙しい。締め切りを伝えても一日の仕事の分量が変わることはない。「今日はここまで」と、笑顔で開き直る。

 驚いたことに、ナイロビ大学の教授も授業の合間にここに来ては、彼女たちにワードの機能を教える。「こうすれば、早いよ」「ここは、こういう風にすると見易いよ」など、いやな顔をせず懇切丁寧に説明をしている。さすが先生だ。

 お茶タイムは一日に2回あって、チャイというケニアのミルクティーを魔法瓶に入れて売りに来る男の子が人数分を入れてくれる。デリバリーというわけだ。お菓子を片手に、本当によくしゃべる彼女たち。彼女たちを雇っている社長さんもよくこのお茶タイムには現れ、みんなで冗談を言ったりして楽しい時間を過ごす。

仕事が終わると、お化粧直しに忙しい彼女たち。流行のキラキラ光るバックから携帯を取り出して、「彼が今日は会社まで迎えに来てくれて、一緒に帰るのよ」と本当に幸せそうに話してくれる。彼女の愛読の雑誌はナイロビで働く若い女性の為の情報誌「eve(イブ)」だ。内容はまるで日本のそれと同じだ。ファッション、話題の本、ネイル、音楽、男性観や話題の場所。世界中年頃の女性たちの関心は変わらないようだ。

 原稿の打ち込みは3日の予定をはるかに越えて3週間もかかった。もちろん資料を受け取る日本側としてはこのスピードでは仕事になっていないし、その後大目玉を貰った。しかし、今でもその報告書を見ると彼女たちの笑顔と共に一緒に過ごした素敵な時間が思い出される。

 「仕事は楽しくやらないと、人生がつまらなくなるじゃない?」と笑った女の子がいた。

 その時は「後で怒られる私の身にもなって。仕事はまじめに時間通りしてこそ、お金が貰えるのよ」と怒ってしまったが、その彼女はその稼いだお金をぎりぎりまで田舎に送金して田舎の家族を養っていた。自分はナイロビの狭い相部屋に住み、「クリスマスに帰ることだけが楽しみ」と言っていた。見た目は、おしゃれで現代的な彼女たち。しかし、知れば知るほど、背負っているものは重く、しんどい人生を楽しく生き、笑顔で乗り越えていこうとするたくましさなのだ。

 それに気が付いたのは、ずっと後のことになってしまった。ごめんなさい。


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